わん鉄沿線

音楽ブログ「わんわん電鉄」の派生ブログ。

1年半かけて、仕事に奪われた「主体性」を取り戻した人の話

こんにちは、わんわん電鉄です。

こちらの雑記ブログ「わん鉄沿線」を更新するのは、お久しぶりです・・・。

 

気づいたら、社会人になって1年半が経っていました。

この1年半、本当に色々ありすぎました・・・先輩・上司からのパワハラ、母親の急逝、社内政治の残飯処理からの左遷、異動先部署での「干され」(未だ解決せず!)、28年一緒に過ごした愛車の廃車・・・などなど。う~ん、1年半で起こるイベントの密度じゃないんですよね・・・。

 

もともとワーカホリックな性格なので、仕事も一生懸命やろう!とやたらと意気込んでしまうタイプです。だからこそ、入社時からいままで、目先の仕事に対して、どう工夫できるか、この仕事を通じて自分は組織や社会にいかに貢献できるか、この仕事から自分が得られるものはなにか、といったことを常日頃から考えてしまうタイプでした。

 

ゆえに、プライベートなんてものは、私には大してなかったように感じます。これは、仕事が忙しく、残業がかさんでいたらからプライベートがなかったというわけではなく、休日も頭の中はほぼ仕事のことでいっぱい、家族との会話も仕事の話ばかりといった状態でした。よくよく考えてみたら、これまでは、

(私の生活の全て)ー(仕事)=(絞りかすみたいなプライベート)

といった構図でした。

 

いまになって振り返ってみると、かなり不健全ですよね。弊社は、極めてパープルな企業で、仕事のやりがいも仕事量もないわけですが、それなのに、仕事に人生の重点を置いているということは、人生にほぼ何の意味もなくなってしまいますからね笑

 

また、私には、自分の熱意とか情熱とか、「やりたい!」という気持ちよりも、なんらかの与えられた役割の方を優先してしまうところがあります。それが、社会人になってから悪く作用してしまった気もします。

そのような欠点を以前から認識していたからこそ、社会人になる前の段階で、「社会人になっても続けられる、自分の胸が熱くなる趣味を探そう」というテーマで、色んなことにチャレンジしてきたんですけどね・・・これまでやってきた音楽ブログ、太鼓の達人(AC)、notion、ゲームなどなど・・・。結局、就職してからは、いずれの趣味からも遠ざかってしまっていました。

 

私の視点はいつも、会社に行って何をするかにあり、家に帰ってからしたいことには全く向いていなかったように感じます。

 

昨年8月に母親を突然亡くし(急死です)、仕事なんかにかまけていたから、母との時間を大切にできなかったんだ、と気づきました。思い返せば、母は私によく「仕事なんて一生懸命やらなくて良いんだからね」と言っていたのを覚えています。これは、仕事を雑にやれば良いんだよという趣旨のものではなく、私がプライベートを犠牲にして仕事に打ち込んでしまいがちであること(そういう性格であるから、周りから良いように使われてしまうことが多かった)を踏まえた忠告だったんですよね。

母親を亡くして、もう仕事にかまけるのはやめよう、自分の家族やプライベートの空間を大切にしよう、可能であればもう(入社時から散々な目に遭ってきたし)会社も辞めようなんて決心していたんですけどね。

 

人はなかなか変われないものです。


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結局、それ以降も仕事に打ち込んで、やはり私生活をかなりないがしろにしていたと思います。ただ、それには、母を亡くして傷ついた自分の心の内に向き合いたくないといった逃げもあったのかなぁという気もしています。仕事をしていれば、とりあえずは時間が過ぎてくれますからね・・・。

 

ただ、この時期に、私にとって僥倖といえるような出来事があったんですよね。

それは、ある会社の先輩の(恐らく特に何も意識していないであろう)ひとことが、私の存在をまるっと肯定してくれるようで、すごくありがたかったんです。

 

それがきっかけで、母を失って以来、色のない深海のような日常に、ちょっとした彩りが蘇ったような気がしました。それで余計に仕事が頑張れちゃいましたし、毎日お弁当作って自分の生活を整えようとか、ちょっと背筋がのびる感じがありました。

 

先輩を意識しすぎるが故に、やはりプライベートをいかに充実させるかより職場でどう見られるかに比重がかかりすぎていましたけどね・・・苦笑

とはいえ、その先輩は席が近かったので、これまでしんどかった出社も楽しくなりましたし、また、その先輩はいつも色々目を配っている方だったので、その先輩の視界に入れていると思うだけで、やはり普段よりもちゃんとしようとか、少し頑張ろうとか、そんな前向きな気持ちが湧いてきていました。これはこれで良い時期だったなと思います。

 

ただ、2月に事件がありまして。

個人が異動希望の有無を申告する時期だったのでした。私は、その先輩の視界の範囲で働くことに意義を見出していたので、かつて部署内で先輩からパワハラを受けていたり、仕事を干されたりしていてもなお、部署異動は希望しませんでした。しかし、上司との個人面談の際、やたらと上司が「異動希望を出しなさい」と圧をかけてきて、「いまここで異動しますと言え」としつこく強要してきました。私はそれでも異動は希望しない、と伝えました。

 

すると、どうやらその数日後、上司は人事に、私が上司にセクハラやらパワハラをしたとの通報をしたようです(これには、上司が私が来年度も部署に残る可能性を危惧したのではないかと疑わざるを得ませんでした)。

ちなみに、その通報内容を聞けば、それは明らかなでっち上げの内容でした。少し調査をすれば、それが事実ではないと分かるようなものばかりです。


そして、私は、人事から呼び出され、上司の言い分のみに基づいて、こっぴどく注意を受けることになるのでした。私からすれば、寝耳に水、ましてや、それまで上司から明らかに不当な扱いを受け、仕事も私のみ与えられないといった状況に不満を感じていたので、このような事態にただただ屈辱を感じていました。自分のやってきたことを棚にあげて、自分の気に入らない人間をウソで貶めるといった卑怯なしわざですから。

 

今回の件は、上司の一方的主張に基づいた糾弾になっていることから、今度は、私が上司からパワハラを受けている事実を伝えました。

しかし、その後、クソ上司にはなんのおとがめもなく、私だけ異動になりました。それも別フロアに。

 

世の中には、このようなクソ会社も存在するよ~ということを皆さんに知ってほしくて、ちょっと詳しめに書いておきました苦笑

 

まぁどうせ部署内で仕事もなかったですし、新しい部署でまたやり直せば良いか、くらいには思っていました。ただ、理性的にはそうは思えても、やはり先輩とフロアが別々になること、ゆえに、先輩の視界のなかではもう(次の異動までは)働けないことに対する悲しみが本当に大きかったです。

仕事に私情を交えすぎだな、と自己批判しつつも、やはり母親の死から少しずつ立ち直れてきたのは、間違いなくその先輩のおかげなので、その気持ちを縮こめることはなかなかできませんでしたね・・・。

 

この出来事がきっかけで、母親の言葉の意味を深く実感するようになってきました。私は、前の部署で自分なりに一生懸命仕事をしてきたつもりでした。しかし、上司や、パワハラ先輩はわかってくれませんでした(むしろ、仕事を放棄しているサボり、とずっと人前で呼ばれてましたからね)。挙げ句の果てには、人事案件として後ろから刺されて、バツをつけられてしまったわけです。ですから、「仕事は人を裏切るんだな」と強く強く感じました。

 

もちろん、部署内の全員が敵だったわけではなく、同じ部署でも、あるおじいちゃんやある事務員さんは、「こんなに仕事に一生懸命なあなたが異動してしまうのはとても残念」といってくれていました。社交辞令でもなんでも、そう言っていただけることは本当に有り難いことです。

 

そういうわけで、この頃から、「仕事も人も、人を裏切る」と強く胸に刻むようになりました。ようやく、積極的に、仕事に対してリソースを割くのをやめようと思えました。しかしながら、また一つ問題がありまして・・・それが、プライベートをどうやって充実させていけば良いか分からず、また、悲しみ故にプライベートに割ける気力と体力がほとんどなかったというものです。

 

ひとりで日本海側に旅に行ったり、趣味の建築物めぐりをしたりしてはいましたけどね・・・いつも悲しみが影のようにつきまとっていましたね・・・。

仕事と距離を取る、仕事に奪われた自分を取り戻すことを目標に、異動をしました。

 

・・・・・・

 

しかし、4月、異動先では心機一転してしまい、「新規事業(という名の、ただ単に部署の仕事から切り離して人事案件のあった人間を安全に運用しようという塩漬け対応・・・ということは後に分かる)」の成功に腐心してしまいました。仕事も人も、人を裏切る、とわかっていたくせに、家に帰ってからもサビ残、仕事のための調査勉強をず~っと繰り返してきていました。マジのアホです、本当に学習しない・・・。

 

しかし、6月、異変に気づきました。

「この新規事業、ただの私の切り離し運用じゃね?」

それもそのはず、この新規事業は、上司も何のために運用しているのか分かっておらず、わたしがどんなに一生懸命定例報告をしたところで、完全に無関心なんですよね笑

 

しかも、極めて変な話ですが、部署内での他の社員との関わりもゼロ、私の対外的な業務(会議参加や折衝、問い合わせ対応など)もゼロという、弊社でも前例のない(私調査に基づく)干され具合だったんです。

※ちなみに、いまもそんなには状況は改善しておりません苦笑

 

ここで私が「まぁ楽だからいっかぁ」と思えるタイプだったら良かったのですが、やはりそうはいかず、「他の社員みたいに担当を持たせてほしい」「対外的に人と関わりながら仕事がしたい」と思ってしまったんですよね・・・。同期や周りの社員と比べて、1日本当に何も仕事が無い(本当に座っているだけ)日々が数カ月続いた頃、私の精神状況も限界に達して、第三者機関に相談を持ちかけました。そして、同機関とも話し合ったうえで、同機関から弊社の人事に第三者機関からみても、いまの弊社の業務配分などは、パワハラにあたりうるから是正すべきとの勧告をだしてもらいました。

 

人事、びくともせず!!!

完全に無風でしたね。

ゆえに、未だにこの問題は解決していません。

 

しかしながら、私の気持ちには少しずつ変化が起きていました。

仕事を辞める決意ができたみたいです。

というのも、この会社で、私が何をしようが、全てが無駄(むしろマイナスの被害すら食らう)、という究極の気づきを得ました。他の社員のやらかし・要望事案などをみていると、何をどう伝え、求めていくかよりも、誰が言うかになってしまっているようなんですよね。

 

一般的には、会社への伝え方を工夫することが大切になってくると思うのですが、弊社は、物理的に声が大きかったり、物理的にモノを破壊したり、物理的に人に脅しを与えるというなんともフィジカルな方法がまかりとおってしまうんです(むしろその方法しか通らないんです)。確かに言論がダメなら暴力で、という理論はわからなくもないのですが・・・しかし、その方法で要求をのませたとしても、私の性格からしてきまりがわるい気がします。

 

そして、なぜかわからないですが、入社時から、私はこの会社と相性が悪いという確信を得ました(じゃあ採用するなって話ですよね、役員面接の時に、「お宅の学生時代の経験は、うちの会社じゃ活かせないのに」と鼻で笑われたときに、辞退すれば良かったですね笑)。

 

極めて美しいパープル企業である弊社を辞めてでも、得たいものも明確になりました。

それは、かつて自分が諦めたことにもう一度トライすることです。

少し前、本当に仕事が辛くて、本当に消えたいな・・・と思って日々職場に向かっていたのですが、本当に死ぬとして、いま後悔することは何だろう?と思ったとき、突然頭の中に「棺の中で後悔することランキング」が自動作成されました。そして、第2位に、私がかつて諦めた夢にもう一度チャレンジすることがランクインしまして。

 

ちょうど、異動先の部署では、たまたま私が院生時代に専攻してきた内容を取り扱っていて、私も修了後はじめて本格的にその専攻分野に出戻りしたことがきっかけだったのかもしれません。そう思うと、仕事干されて辛いという状況に陥ったのに、もう一度過去の夢に再接続するきっかけになるとは、なんとも皮肉ですね。

 

そんな夢を取り戻した途端に、急に、いつまでに会社を辞めよう、いまはどうせ仕事がないんだから、これを頑張ろう、みたいな目標が突然ひょこひょこ生えてきました。不思議です。

 

そして、会社を辞める前に、今度は自分の希望で部署異動してみようという気持ちにもなりました。今回の異動は、ある意味事故に遭ったようなものなので、今度こそは、自分でやりたい仕事を明示してみようと思っています(悲しいことに、仕事を干されたからこそ、取り組みたい仕事内容や自分の仕事の軸が明確になりました)。

 

そして、その勢いでTOEIC受験も申し込みました。TOEIC受験自体は、夢にむけたスキルアップを第一目標としたものですが、そのほかにも、前の上司に「英語もできないくせに」と人前で罵られた屈辱を晴らすことや、部署異動の際の選択肢を増やすこと、自分の要求の裏付けを作ることといった目標もあります。

 

先日、実際にTOEICを受けてきました。受験は約2年ぶりでした。結果は、目標点には届きませんでしたが、ListeningもReadingも両方スコアアップしていたので嬉しかったです。自分史上過去最高点でした。

今回は、結果そのものよりも、社会人になってから初めて資格試験を受けに行くことができたという事実と達成感が大きいですね。自分でゴールを決めて、自分で走って、実際にそこに到達するということ・・・このことがいかに難しく、いかに尊く、いかに達成感があるのかを心の底から実感しました。

社会人になってからは、資格試験をはじめとする勉強分野に割けるリソースが昔よりも圧倒的に減ってきてしまっていたからこそ、完璧を目指してしまいがちな私は、その目標の設定をドンドン先延ばしにしてしまっていました。しかし、今回のように、満身創痍でも、完璧でなくてもいいのだということ、むしろこれからは、不完全な自分が出せる最高のパフォーマンスを発揮することが大切なのかもしれない、という大きな気づきを得られたような気がします。

 

自分はもうなにもできないのかもしれないという失望を抱いていたので、それを払拭するような強い事実と自信になりました。

 

他方で、もう一つ、この心境の変化に重要な影響を与えたことがありました。
それは、会社を辞めたら全て失うのではと恐れていたのですが、そうではなく、辞めても大切にできるものがあるはずで、それがなにかが明確になったことです。

 

・・・・・・

 

そんなことを考えているうちに、いまのステージがかなりどうでも良くなってきました(もちろん、未だに仕事がないので、勤務時間中をどう過ごすかは引き続き問題ですけれどもね)

思い返せば、かつて私のプライベートなんてものは、私の生活の全てから仕事を差し引いたあとの絞りかすみたいなモノだったわけです。しかし、今となっては、なんとかプライベートの空間(概念)を確保しようという気持ちが芽生え、とりあえず会社に浸食されないようにテント(概念)を建てて、その空間の中での自分の純粋な気持ちと行動を大切にしようという気持ちになっています。

 

ここまでが本当に長かったですね・・・1年半かけて私が取り戻せたものをひとことでいうならば、「主体性」かと思います。「主体性」なんていっても実体のないものですから、うさんくさいかもしれませんが笑 ただ、個人的には、気持ちのありかたや世界の見え方が本当に大きく変わったような気がします。

 

今度の記事では、私が「主体性」を取り戻せたことで、何がどう変わったと感じているのか、なんてかけたら良いなぁと思っています。

「空っぽな自分」に向き合う勇気

こんにちは、わんわん電鉄です。

 

急に暑すぎた日々が終わり、突如として涼しい日々が始まりましたね。というか、むしろ寒すぎる日々が始まったように思います。

私としては、真夏に「夏らしいこと」をすることが叶わなかったので、もう少し暑すぎる夏を堪能したかったなぁという気持ちがあります。

 

 

さて、最近の私はというと、少し自分に物足りなさといいますか、「自分がやりたいこと(なにをやりたいかは分からない)を実現したい!」という欲を感じるようになってしまいました。

 

 

これまでの6年間は、ある目標に向かって、2~3年周期で取り組む内容を変えつつ、なんとかやってきていましたが、それは、とにかく不安定で、先が見えない状態にありました。安定してないからこそ、目先の目標や利益にしがみつくことに必死で、自分のことについて物足りなさを感じることはありませんでした。

 

そして、今年、ついに、ありがたいことに、安定した、先が見通せる状態になりまして、今はホッと一息ついているところです(当初の目標は、断念したのですが、そのことは、今となっては「正解」だったなと思っています)。

 

 

そういう状態になったことは、本当に、心の底からありがたいことではあるのですが、その一方で、先が見えて、自分の人生設計に大きな不安を感じることも少なくなったからか、今度は、自分自身に少し物足りなさを感じるようになりました。

 

そのように感じてからは、自分に何が足りないんだろう?と考えるようになりました。自分に何が足りないか分からないのに、自分がやりたいことを実現したいと思うなんて、なんだか変な話しですよね。

 

そうです。実は、私、ずっと「空っぽ」なんです。

 

この「空っぽの自分」にどう向き合えば良いのかについて、自分語りをしながら、考えてみたいと思います。

 

 

目標を実現して、空っぽな自分に直面する

先ほど述べたようなことは、実は、高校入学時からずっと感じていたことでした。

 

当時、第一志望の高校に合格して、ようやく自分の学力的な立ち位置が明確になって、ホッとしていました。実は、私が物心ついたときから、母親や祖父母に「○○(私)には、××高校に入学してほしい」と言われていたので、その家族の希望を実現することが、当時の私の目標であり、アイデンティティの一つとなっていました。

 

 

そして、その目標が実現して、しばらく経った頃、ふと思ったのです。

「なんか変わり映えしない日々に飽きた。こんな現状を打破したい。」と。

 

 

当時の私は、中学時代から好きなバンドや俳優を追いかけ続けていたのですが、なんか物足りないといいますか、日々につまらなさを感じていました。

今思えば、まさに「空っぽな自分」に気づいていたのだと思います。

 

 

(当時、自分の席の周りに座っていた子達が、よく「アイデンティティが崩壊する!」と叫んでいたことを覚えています。それも、私と同じで、高校入学という目標を達成したことに由来するのでしょう。加えて、その子達によれば、アイデンティティの危機を感じた理由として、「(進学校だったということもあって)中学では、優秀な生徒としての立ち位置を得ていたけれど、高校ではみんなが優秀なので、自分のアイデンティティが崩壊する!」と言っていました。私的には、そのことについては、割とどうでも良かったです。)

 

 

確かに趣味はあるけれど、それは自分の目標になるような趣味でもないし、主体性が求められるような趣味でもないわけです。ただ受け身で、享受するだけの趣味だったわけで、どうにも自分自体は、空っぽだったんです。

 

 

当時はこのように言語化できなかったのですが、直感的に分かってはいたようで、今度は、主体的に活動を起こすようになりました。それが、高校で部活動を立ち上げようとしたこと、それから、生徒会役員に立候補したことでした。

 

 

しかし、これがとことんうまくいかなかったのです。高校は、本当に古い「ムラ社会」だったので、少しでも目立つことをしたり、生徒達の(よくわからない感性による)琴線に触れることをすると、徹底的に潰されることになります。実際、かなり痛い目に遭いました。そうして、自分で主体的に活動することについて、自信を失ってしまいました。

 

 

他人に依存したことによる失敗

自分自身が空っぽで、集団生活において主体性をもって活動することもできないとなった私は、今度は、プライベートを充実させようと考えました。ここでのプライベートとは、他者から鑑賞されない、人と競争することもない、ただ自分だけのための空間です。

 

私生活に何か大きな変化を起こせば、このつまらない現状を打破できると考えたのです。その方法が、恋人をつくる、というものでした。恋愛は、日々を充実させてくれるだろうと思っていたのです。

私は、「ムラ社会」で干されてしまった以上、自校には、当然に友達はいなかったのですが、他校に恋人を作ることならできるかもしれない、と思ったのでした(本当にバカですね・・・)。

 

 

そして、そう思ってから1ヶ月もしないうちに、「運命的な出会い(笑)」があって、運良く他校に恋人ができました。それはそれは、精神的に充実しました。やはりこれまで経験したことのない日々を過ごせているわけですから、確かに現状打破は、実現できたわけです。

 

 

しかしながら、相変わらず「空っぽな自分」は、存在し続けたのです。

 

 

交際を始めて2ヶ月くらい経った頃、恋人とよく口論をするようになりました。

理由としては、恋人が、私が通っている高校にやたら仲良くしている異性の友達Aを作って、私に内緒でコソコソSNSでやりとりしたり、コソコソオフ会をしていると知ったからでした。相手は、一貫して「やましいことはない」「恋人にしたいのは、君だけ」などといっていましたが、私はそれを信じられませんでした。なぜなら、その恋人の「友人A(浮気相手)」が、校内で頻繁に私を見に来ていたこと、私の荷物にいたずらをしたこと(現行犯だった)、また、Aと恋人がSNSでいかにも恋人かのようなやりとりをしていたのをみたからでした。それゆえに、私は、その人たちのことが何も信じられなくなりました。

 

 

恋人からは色々と言い訳をされ、毎日のように、深夜に、何度もスクロールするほどに長いLINEが来ました。当初は、仕方なくその相手をしていました。もちろん、朝まで起きてやりとりをしているので、毎日のようにオールをし、学校では寝る日々が続いていました。それを2週間くらい続けていくうちに、自分の生活や学業がおざなりになっていることに危機感を感じるようになり、次第に、不誠実な相手に誠実に対応することで自分を削っていくことに馬鹿馬鹿しさを感じるようになってしまいました(恋愛、向いてないですね・・・)。また、本当の意味で「自分磨き」の方が大切だ、と思うようになりました。

 

 

結局、交際して3ヶ月経つ頃には、私の方からお別れしました。何度もすがりつかれましたが、何度も断りました。後々になって分かったのですが、私の方がAよりも優しかったようで、今思えば、相手にとって都合の良い存在だったのだろうと思います(ちなみに、その後元恋人とAはスグに交際し始めましたが、1年経たずに破局したようです。私よりはマシでしたね)。

 

 

この経験を通じて、やはり他人という存在に自分の私生活の充実感を成否を委ねてはいけないと思いましたし、やはり「空っぽな自分」に根本的に対処しなければ、日々の生活は変わらないのだということ、「空っぽな自分」ゆえに相手に都合良く扱われるのだということを痛烈に感じました。

 

 

「空っぽな自分」問題は、大人になっても続く

「空っぽな自分」問題は、かなり根深いものだと思います。

 

 

私自身、かの一件以来、自分なりに日々を充実させるよう努力してきたのですが、なかなか自分の内面までもは充填されたような気がしませんでした。『でも、いつかこんな自分を打破できるはず。』と思って、なんとか頑張っていました。

 

しかし、大学生になっても、全く変われませんでした。

 

一応、当時の自分としては、「興味のある学問に没頭する」「論文・レポートを書く」「一人で物事を密やかに分析し、考える」、すなわち、研究に取り組むということが自身の「本当の」アイデンティティであり、「本当に」やりたいことなのだ、と思い込んでいました。そして、それこそ、「空っぽな自分」を解決する唯一の手段だと信じていました。

 

 

確かに、数年ぶりにやりがいのあることを見つけて、多少の自分らしさや日々の充実感を取り戻せたような気がしたのですが、それでもどこか自分に欠けたところがあると感じていました。

そうして、心のどこかにモヤっとしたものを抱えながら、大学生活を過ごしていました。

 

 

あるとき、幸運なことに、「鈴井貴之」という存在に出会いまして(敬称略ですみません)、自分のアイデンティティ、自分の本心の方向性を取り戻すことができました。

※詳しくは、過去記事をご覧いただけますと幸いです。

wante2.hatenablog.com

ただ、ここで「よかったね、チャンチャン・・・」とはならず・・・。

 

 

「空っぽな自分」を無視した(1回目)

『ようやく自分を取り戻したぞ!イェイ!』と喜んでいたのもつかの間、数ヶ月後、再び「空っぽの自分」に直面することになりました。それは、目指していた目標を達成し、そのステージでやるべきことを全て終え、新たな道を探すべき時でした。

 

 

鈴井さんのおかげで、自分を取り戻せたことには間違いありません。しかし、それは、当時の私には、目先の目標があったからこそのものであり、その目標がなくなってしまったいまや、取り戻した自分をどう動かしていけばいいのか、さらには、取り戻したアイデンティティの方向性は明らかだけれども、それをどう具体化していけばいいのかが分からなくなっていました。

 

 

本来、そのときじっくりと「空っぽの自分」に向き合っていけばよかったのですが、突破口を早急に見いだせなかった私は、取り急ぎ自分を忙しくさせることで、なんとか「空っぽな自分」に気づき始めた自分をごまかそうとしていました。すなわち、当時は、ありがたいことに、自分自身が求められている仕事が割とあったので、それに応じ、日々を忙しくすることで、「空っぽの自分」を充実させることができるだろうと思ったのです。もっとも、それは「空っぽの自分」から目をそらすことに変わりなかったわけですが・・・。

 

 

「空っぽな自分」を無視した(2回目)

結局、その忙しい日々は終わりを告げ、強制的に「空っぽの自分」を向き合う時間(無職期間)に突入しました。ただ、それと同時に、自分のキャリアプランをなんとか立ち上げて、自分の生活をたちゆくものにしていく必要もありました。

そこで、私は、今度こそ「空っぽな自分」から逃げるためではないものの、その目標を実現しなければという想いに駆られていたので、目標のためにひたすら活動する日々を送ることにしました。それゆえ、またもや、いったんこの問題から離れることになりました。

 

 

そして、上記の問題も解決し・・・今に至るわけです!

 

 

そのキャリアプランを立ち上げるという目標を実現した今、割と時間に余裕があるのですが、正真正銘、今度こそ「空っぽな自分」に強制的に向き合わなければならない時間なのです!

 

ある意味、私は、幸運かもしれません。「空っぽな自分」に向き合わず、色々とごまかして、何度も無視してきたにもかかわらず、「空っぽな自分」に向き合うための時間を偶然得ることができたのですから。二度も三度も逃してきたチャンスが、四度目も巡ってくるなんて、なかなかないですよね。だからこそ、このチャンスを使って、自分と向き合おうと思いました(だからこそ、このような記事を書いているのです)。

 

 

「空っぽな自分」にどうアプローチするか

さて、だらだらと自分語りをしてしまいましたが、ここからが本題です。

私は今、20代なのですが、どうしたら「空っぽな自分」を充実した自分にすることができるでしょうか。

 

 

先述の失敗経験をしていなければ、恐らく、恋人をつくること、結婚、子どもをもつこと、などと答えるような気がします。すなわち、自分以外の存在を自分のテリトリーに取り込んで、世間的な「ラベル」を得ようとする(「彼氏・彼女もち」「既婚者」「子持ち」など)というわけです。しかし、これでは、「空っぽな自分」は、そのまんま残ってしまうわけです。だからこそ、これからは、根本的にアプローチしていきたいのです。自分なりにですが、その方法を考えてみました。

 

 

①自己分析をする

ありきたりですが、己を知ることが大切かと思います。

 

個人的には、人間、生まれてきてからずっっっと「空っぽな自分」だった、という方は少ないのではないかと思っています。もちろん、家族や地域的な制約から、生まれたときから自由意思をもつことを許されなかったという方もいらっしゃるかもしれません。しかしながら、日々の生活のなかで、「コレ楽しいな」「コレ面白いな」と思ったことは、少なからずあると思うのです。その点に、「充実した自分」を見つける芽があると思います。

 

 

よくある「小さい頃に好きだったこと・趣味だったことは?」という問いに答えるというわけです。

ちなみに、私は、何かを創ること(絵を描いたり、漫画を制作したりすること)、何かイベントを企画すること、リアルタイムで目の前の人を楽しませることが好きでした。このことについて、ただ「つくる」ことに、新しいものを創り出す楽しさ・ワクワクを感じているだけでなく、それと同時に、受け手を楽しませたい、喜ばせたいという気持ちもあるのです。だからこそ、できる限り、創ったものを発信できるといいなぁと思っています。

 

 

また、ブログ執筆のような発信から受け取るまでにタイムラグのある創作行為だけでなく、リアルタイムで目の前の人に届けることができるような創作行為にも同じくらいの「量」で取り組みたいと思っています。裏方としてコツコツ創りだすだけでなく、人前に立つ表現者でもありたい、というわけです。

 

 

このように、単に「○○すること」ということから、その本質は何か?どのようにそれに取り組めば良いのか?といったことまで深く考えていくと、自分自身のアイデンティティに触れることができるような気がします。

 

 

②好きなものにトコトン触れる・感じる

私は、色々と好きなものがありますが、その中でも音楽を聴くことが好きです。近年は、堂島孝平さんの音楽をよく聴いています。堂島さんの音楽からは、色々と感じるものがあるのです。聴き始めた頃は、それがよく分からなかったのですが、聴いていくうちに、それが何なのかが分かるようになってきました。それは、堂島さんという存在、そして音楽は、私の創造欲をかき立てる、ということでした。そして、この発見が、自分のアイデンティティをより具体化するのに非常に役立ったと感じています。

詳しくは、こちらの記事をご覧いただけますと幸いです。

wantetsu.hatenablog.com

今、「空っぽの自分」でも、好きというエネルギーを向けることができているものがあれば、それにトコトン触れて、それをトコトン感じるのが良いと思います。それは、その対象物が、自分に足りないものをもっている可能性が高いからです。

 

 

③取り組むことが楽しみになる趣味をつくる

当たり前のことかもしれませんが、これが意外と難しいんです、私としては。

 

自分がまだ空っぽではなかった頃、それは小中学生の頃だったと記憶していますが、毎日学校にいるときから、『家に帰ったら、○○しよう!』といつもワクワクしていたことを覚えています。例えば、小学生の頃は、『家に帰ったら、漫画を原稿用紙に描こう!』とか、中学生の頃は、『家に帰ったら、好きなバンドのロゴのプラ板をつくろう!』といったものでした。毎日、放課後が充実していたように思います。

 

 

ただ、高校に入ってからというものの、そういった趣味が急になくなってしまったんです。それは、当時の学校生活が辛いもので、自分のアイデンティティが拡散しつつあったこと、それゆえに、自分が主体的に取り組める趣味を没頭する気力を失ってしまったからだと思います。

 

なにか、毎日考えたくなるような趣味を見つけられると良いのだろうと思います。

 

 

④義務感から切り離して考える

好きなこと、趣味を見つけたら、それを義務感から距離をとって考えることが大切だと思います。

 

 

例えば、ブログを始めるにしても、「収益化できるようにしなければ」と思わないほうがいいということです。好きなことで生計を立てられる人は、羨ましいなと思います。しかし、それはそれで、苦労を伴うはずだということは、容易に想像がつきます。実際、漫画家として活動するにしても、売れる作品と描きたい作品が本人にとって一致するとは限らないわけです(『バクマン』の新妻エイジのように、直感的に売れる作品を描けるならば、それは理想的ではありますが、それはなかなか・・・)。「やりたい」という純粋な欲求と、「~しなければならない」という義務感は、一般的な感覚であれば、必ずといっていいほど、衝突するものだと思います。だからこそ、なにか趣味や取り組みたいことを始めるときには、「うまくならなくちゃ」とか、「人に見せられるようでなければ」といった、様々な「ねばならない」「べき論」は、排除すべきと思います。

 

 

では、どこに趣味の着地点を見つけるか、といいますと、やはり本人の充実感だと思っています。例えば、ギターを始めるにしても、簡単な曲をひたすらやるのでもいいし、難しい曲で四苦八苦するのでもいいわけです。どこに自分が心地良い・満足できると感じる点を見出すのかは、人によって違うと思います。すなわち、趣味の取り組む程度、難易度、達成度などをどう考えるか、については、人それぞれでいい、と思うのです。

 

 

⑤無力感を捨てる

正直なところ、私は、この点が一番重要だと考えています。

 

私自身、「空っぽな自分」になってしまった理由として、自分が満たされていると感じる活動(=私の場合、自分から何かを創り出す活動)において、無力感を強く感じてしまったから、というものがあると感じています。

 

実は、私は、幼少期に、漫画家を目指していました。しかし、描いても描いても絵が上達する気配もなく、また、ストーリーを上手に構成できる感じもしませんでした。中学生になった頃には、現実社会に失望感や疑問を感じるようになり、自分が創作した想像世界とそれが乖離していることに耐えられなくなったり、また、現実が想像世界のようになるわけではないという諦めを感じたり、さらには、自分が架空の世界とはいえ、架空の主人公の生殺与奪の権を握ることに対する畏れを感じるようになったりしました。加えて、当時投稿していた漫画雑誌では、私と同じ世代の子が鮮烈なデビューを飾っていて、非常に強い挫折感を感じたこともありました。それゆえに、端的に言えば、自分が漫画を描いてもしょうがない、どうにもならないという無力感を感じてしまったのです。

 

 

そういう「無力感」って、一度感じてしまうと、その後も、新たな活動に取り組んですらいないのに、「自分なんかがやってもどうせダメだし・・・」と感じてしまいがちだと思います。そのように無力感に先立たれてしまったがゆえに、自分のやってみたいこと、やりたいことに手を出すことができずにいると、どんどん自分が空っぽになっていってしまうと思います。

だからこそ、この「無力感」を自分の中から取り除くことが必要不可欠になると思います。

 

それでは、それをどう取り除くか?

 

私も、この答えについては、未だ「コレだ!」と思えるようなしっくりくるものに出会えていません。考え中です。

 

 

ただ、個人的には、「別ルートからいくことで、自分らしく活動する」ということが有効なのかなあと思っています。

例えば、私の場合、漫画を再び描き始めるにしても、現実世界と別の想像世界を描くような、一般的な恋愛漫画やファンタジー漫画、ギャグ漫画を描くのではなく、自分自身の過去(現実)を漫画にしてしまうのもアリなんだろうと思うのです。この分野は、こうでないとダメ!こうするのがセオリーだ、一般的だ、と考えるのではなく、自分の適性に合わせて、少しずつアレンジして、自分に良いようにしていくこと、自分らしく工夫していく気持ちをもつことが大切なんだろうと思います。

 

 

このような「自分らしさ」を追い求める気持ち、工夫したり、別ルートを見つけたりする気持ちこそ、かつて感じてしまった「無力感」を乗り越えるものとなるのではないかと思います。自分が先駆者になる!と、(勝手にでも)思うくらいでちょうどいいのかもしれません。

 

まとめ

だらだらと自分語りをしてしまいました。

結局のところ、私が最も伝えたいことは、自分自身を見つめて、「空っぽな自分」を感じてる場合には、自分という対象から逃げずに向き合う勇気をもつことが重要だ、ということです。別に「空っぽ」なままでもいいじゃないか、と思われる方もいると思います。しかし、「空っぽ」な自分をぶら下げて生きるよりも、自分が何者かが分かっていて、自分が楽しいと思うことを理解し、実現している方が、日々の暮らしが確実に充実していくと思うのです。それこそ、「人格の完成」「内面の陶冶」とよばれるものに一歩でも近づけると思うのです。

 

私自身、「空っぽな自分」と向き合い、少しでも自分の内面が充実するような手段を考え、現実化していけるよう頑張っていこうと思います。

 

 

〔余談〕「空っぽな自分」になったきっかけを見つけた話

先ほど、人は生まれてからずっと「空っぽな自分」のままでいるわけがない、ということを書きました。もっとも、日本国民全員に話を聞いたわけではないので、確証があるというわけではありませんが、少なくとも、私の場合はそうです。

 

 

では、「空っぽな自分」になってしまったのは、いつなのか?ということを考えました。確かに、高校入学時には、「空っぽな自分」の存在に気づいていたように思います。そして、アイデンティティが拡散したのも、目標を達成してしまい、新たな目標を見つけられなかったこと、高校時代の環境の悪さにあると自覚しています。ただ、そのように、「空っぽ」になったり、アイデンティティが拡散したりするきっかけは、中学時代から、既にあったようなのです。

まず第一に、漫画家になることを諦めたことです。それは、先ほど書いた理由によるものです。

第二に、中学生になって、みずから志願した生徒会活動に打ち込み始めたときに、自分の中のなにかが変わってきたようなのです。

 

 

変わったこと①:人格・性格

実家の荷物を整理していたら気づいたのですが、まず第一に、当時の私は、人格を変えようとしていたのでした。

中学1年生のときに使用していた手帳に挟まっていたメモ帳には、次のような趣旨のことが書いてありました。

「変人と言われないために。

①大きい声で高笑いしない

②下ネタを言わない

③ふざけない」

 

 

地元の公立中学に進学したのですが、その中学は、2つの小学校から構成されていることもあり、はじめましての同級生も半分くらいいました。記憶の限りでは、確か、そのようなはじめましての同級生から、色々と私の挙動をからかわれたり、馬鹿にされたりしていました。

当時の私は、それを恥ずかしいことと思うとともに、中学生なんだから、もっと大人っぽくあるべき!と思い、このふざけた自分を変えようと決意したのでした。

 

今思えば、このことが、本来の自分(アイデンティティ)を見失わせるきっかけになったと思いますし、自分を無にすることに繋がったと思います。

 

 

変わったこと②:「滅私奉公」に生きがいを見出した

中学時代は、生徒会活動にとても打ち込んでいて、生徒会長も務めました。

もともと、人のために何かをすることが割と好きだったこともあり、学校や地域を良くしたいという思いから、生徒会役員に立候補したことを覚えています。

 

 

最初こそ、自分の好きなこと・得意なことを通じて、生徒を喜ばせたり、学校をよりよくしたりするんだ!と思って、色々と取り組んでいました。しかし、生徒会活動でいろいろな生徒の意見に触れるたびに、「私利私欲で活動しているに過ぎない」「生徒会費泥棒」「好き放題やってるだけ」などと言われるようになりました。

私自身、国の政治や歴代の生徒会長に対して、そのように感じたこともあったので、そのような意見を聞いて、「その通りだ。自分のことが、他者(公益)に先行するようではだめだ」と思うようになりました。

 

 

そして、生徒会活動2年目に生徒会長になったときには、滅私奉公の精神を自分の中に取り込むようにしました。具体的には、自分のやりたいこと・関心のあることから物事を考えるのではなく、目の前に広がっている出来事・問題・課題から、物事を考えるようにしていました。たまたま、自分のやりたいことと解決すべき課題がマッチすればいいな、くらいの気持ちで、とにかく公益性重視!という気持ちで生徒会活動に取り組んでいました。

 

 

そのように滅私奉公の精神で活動し続けた結果、生徒会長を退任する頃には、誰からも先ほどのような批判を言われなくなりました。むしろ「生徒会というものを見直した」と、生徒達のみならず、教職員、校長先生にまで言われました。

 

 

このことは、今の私にとっても、とても誇りに感じることではあります。しかしながら、滅私奉公の精神をもつことに生きがいを見出した期間があったために、自分が心からやりたいと思うこと、くだらないし、人のためにもならないけど、楽しいことなど、純粋に趣味的な活動に取り組むこと、つまり、楽しいことが好きな自分に対して罪悪感を感じるようになってしまったのです。

 

 

また、物事に取り組む姿勢について、小学生の頃までは、自分の中の「ワクワク感」や好奇心ゆえに、能動的(自発的)に物事に取り組めていたのですが、中学生の頃は、社会的に必要とされているか、なにか課題となっていることがあるかという視点から、物事に対して受動的にしか取り組めなくなってきていました。なんというんですかね・・・これまでは、0→1のことができたのに、それ以降は、マイナスをゼロにすることしかできなくなっていたということかもしれません。すなわち、なにかしらの課題がないと、行動できなくなっていたのです。

 

 

そのこと自体、決して悪いことではないと思います。マイナスをゼロにして、社会を少しでも良くしたいという思いで、ボランティア活動に邁進される方もいると思いますし、その方々は、大変素晴らしい志を持っていらっしゃる方だと思います。

しかし、私の場合、それだけでは、自分が「空っぽ」になったような感覚に陥るようなのです。滅私奉公的な活動には、あまり向いていないのかもしれません。

ただ、最初に述べたとおり、元々人のためになにかをすることが好きなので、ボランティア活動が嫌いなわけではありません。とはいえ、自分の感性や意見を自発的に表現する機会がゼロになると、だめなようで・・・。両方できるのが一番望ましいようなのです。

 

 

当時の私は、生徒会活動に夢中になりすぎて、そして、信託してくれている生徒達の視線を意識しすぎて、そのことに気づくことができず、むしろ、自由意思を持つこと自体を悪として捉えていたのでした。それゆえに、自分の内面から出てくる欲求を無視し続けていったのです。

 

変わったこと③:謙虚さをはき違えて自己否定をくり返した

先ほど述べたように、私は、生徒会に対する様々な批判や意見に真正面から向き合ってしまっていました。ヘンに生真面目だったんですよね。ただでさえ、周囲の目が割と気になる方だったのに、生徒会役員として人前に出るようになったことで、さらに、周囲の目を「気にしなければ!」と思うようになってしまったんです。やはり、「みんなに信頼されて、みんなから好かれる生徒会長にならねば!」と意気込んでしまいました。

 

生徒からの批判や意見は、生徒会という団体のみならず、個人である私にも向けられていました。当時は、TwitterやLINEがとても流行っていた時期で、私の見えないところで私の悪口がたくさん書かれていたそうです。確かに、Twitterで、私の実名つきで、性格が悪いだとか、しょうも無い人間だとか書かれていたのを見たことがありました。

 

だからこそ、そういった批判や意見を受けて、自分はひたすらに謙虚であるよう自分を律していました。人前に立つからこそ、謙虚に、腰を低くせよ、と自分に命じていたのです。

 

 

ただ、両親や先生に依れば、私自身、自慢をしたり、傲慢な性格だったりしたことはなかったそうです。むしろ、もともと腰が低い(加えて、気が弱い)方なのに、さらに謙虚さを自分に求めるようでは、おかしいという感じだったそうです。

 

 

実際、今思えば、私は「謙虚さ」を変な方向で解釈し、実践していたと思います。すなわち、当時の私は、「謙虚さ」を求めすぎるあまり、自分をひたすらに卑下していたようなのです。これは、今になって気づいたことだったのですが、当時の私は、自分らしさや、自分が求めうる幸せを全否定し、周りよりも劣る存在だと言い張り、まるで自ら奴隷になることを志願していたかのようでした。そのように、謙虚さを自己卑下とはき違えた理由として、私自身が公に自己卑下をすることが、そういった悪口を書く人々に効く、と思っていたこともあると記憶しています。

 

これにより、確かに周囲の生徒の批判は減っていきましたが、自分の中の自己肯定感や自己効力感もともに減っていきました。

 

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そういうわけで、「空っぽな自分」になったきっかけは、中学時代の生徒会活動で、真面目な人間になれるよう、滅私奉公の精神をもつよう自分で自分を変えたから、また、謙虚さをはき違えて自己卑下をくり返したからでした。

高校時代に「空っぽな自分」になったり、アイデンティティが拡散する下地は、中学時代に既に完成していたわけです・・・恐ろしい。結局は、自分が自分で招いたことだったのだと実感しています。

 

 

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ちなみに、当時の私も、そして、今の私も時折思ってしまうのですが、自分が「あるべき姿」ではないときに、現在の自分を否定して、なんとか自分を「あるべき姿」にしようとヘンに追い込んで、努力してしまうのです。結局のところ、「あるべき姿」なんてものは、世間が作りだした「ネタ」にすぎないにも関わらず、なんだか世間の視線が気になって、世間の感覚に自分を合わせるようにして、本来の自分を取り除こうとしてしまうんですよね・・・。

 

 

もちろん、自分を変えたことによって、生涯の伴侶に出会えたとか、自分の理想とする職場にめぐりあえたとか、そういういい話もあると思います。しかし、私の場合、自分を変えようとすると、かえってロクなめに遭うのです。このことについては、記事にするととっても長くなるので、他日を期したいと思いますが、本当にろくな事がありません。

 

 

二十何年も生きてきてようやく分かってきたことですが、世間で求められている人間になろうとする→自己否定→以前とは少し違った自分になる→嫌なことに遭遇する→傷つく→結局もともとの自分で良いんだと開き直る、の繰り返しでした。行き着くところは、「自分らしいことが一番だ」ということです。世間や相手に無理に合わせようとすることは、セルフネグレクトであるともいえるかもしれません(言い過ぎですかね?)。つまり、自分を世間に無理矢理合わせようとしたり、ヘンな「べき論」に妄信的に従ったりすることは、自分の本来のアイデンティティを消し去ることであり、自分という家を「空き家」にするようなものであるといえるでしょう。

 

 

もっとも、国内の法令・規則を守ること、一般的かつ普遍的な倫理観をもつこと(信義則原則のようなもの、人を傷つけないこと、嘘をつかないことなど)は、絶対的に必要だと思います。ただ、それさえ守っていれば、あとはどう生きようが、寒い親父ギャグを言おうが、高笑いをしようが、セルフツッコミをしようが、草木に話しかけようが自由なのだと思います。自己の人格・性格を受け入れ、それに連続性をもたせることこそが、自分を「空っぽ」にさせないための第一歩なのだと思います。

 

まぁ・・・今になって振り返ってみると、私にとって生徒会活動は、漫画家という夢に挫折したときに、ちょうどよく「空っぽ」になった自分にスッと入り込んできたものだったのだと思います。ただ、その結果、自分のやりたいことのみならず、性格やアイデンティティについても「空っぽ」になってしまったわけですが・・・。

 

我ながら、自分の人生を振り返ってみると、色々あったなぁと思います。

韓流ドラマと、アイデンティティに関する気づき

こんにちは、わんわん電鉄です。

 

 

『哲仁王后〜俺がクイーン!?』について

普段、あんまりドラマを観ない私なのですが、最近は珍しくドラマを観ました。それも、韓流ドラマ、『哲仁王后〜俺がクイーン!?』です。

www.netflix.com

 

 

全体的な感想

終始一貫してコミカルで、本当に笑えるドラマです。しかし、裏テーマ的な感じで、腐敗した政治を変えたいという想い、それが朝鮮時代においても現代においても通じるテーマとして、描かれていたとも感じました。そもそもボンファンがハン室長の不正を告発しなければ、ソヨンと入れ替わることもなかったわけですしね。

 

 

私自身、ドラマや映画などのエンタメ分野において、一方的な見解に基づく政治的なもの(≠政治ドラマ)を感じ取ると、それを観るのを躊躇してしまう(あるいは、やめてしまう)ほどに、そういうことに敏感です。このドラマは、当時の朝鮮時代の権力関係争いは当然に描かれているものの、ギャグがあり、恋愛要素があり、各々の暮らしがあり…ということで、非常に心穏やかに観続けることができました。

そもそも、物語の前半では、ボンファンの自由気ままな行動が、意図せず権力者達の憶測を呼んでしまっているところが、なんとも不釣り合いな感じで面白いんですよね。アンジャッシュのネタのように、両者の意図が噛み合っていないからこそ、深刻にならずに観ていられるんだと思いました。もっとも、キム家や王様たちが色々と解釈しすぎたり、深刻に考えすぎたりしていて、「いやいや、ボンファンはそんなつもりじゃ・・・苦笑」と、少しこちらのほうが気恥ずかしくなってくる場面もありましたが・・・苦笑。

 

 

(ちなみに、「そういう解釈もあるのか・・・」みたいなセリフが度々出てきていたように記憶していますが、私もそのことを強く感じました。人の言動って、そのまま受け取られるとは限らず、相手によって色々と解釈され、本人の意思とは違った方向に受け取られてしまうことがとても多い、ということも描かれていたように思います。とても興味深かったです。)

 

エンタメとしても、メッセージ性のあるものとしても、とても完成度が高いと思いました。

 

 

俳優さんたちについて

ドラマにおいて、ソヨン役のシン・ヘソンさんの演技は、本当に素晴らしく、本当に「男性」が憑依したかのようでした。表情の使い方が素晴らしいですね…ボンファンの意識が強く出ているときは、表情からして男らしさを感じますし、ソヨンの意識が強く出ているときは、慈しむような、とろけるような目元になっています。どちらの意識が強く出ているのかが、一目で分かる演技で、感動しました。

 

 

そして、個人的にハマったのが哲宗役のキム・ジョンヒョンさんです。涼しげな目元が印象的で、当初は、割とぶっきらぼうな感じだなぁ(←失礼)と思っていたのですが、笑ったときの表情が大変キュートで、一目惚れしました笑。

それと、王様の、少し「おとぼけなところ」がよく表現されていたと感じました。ソヨンに対して甘くなるときと、重鎮達に対して強く出るときとで、雰囲気が変わるのがよく分かりました。

輪郭の美しさ、目元の涼やかさ、鼻の高さ、口元の美しさ・・・それは、少女漫画に出てくるような美しいお顔立ちで、それはそれはカッコイイ!!顔のパーツのバランスが絶妙で、「造形美!」という感じです。彼にしかない、独特な色気がありますね!

 

 

他の作品も観てみたくなって、アマプラに入っていた『ウラチャチャMylove』を少し観ました。

filmarks.com

やはり、この俳優さんは、私の好きなタイプの俳優さんだ!と思いました。なんとなくですが、表現方法(演技)が、個人的にしっくりきます。それから、ちょっぴりダメな感じ、不器用な感じ、やはり「おとぼけ」な感じだけれども、純情な役がとても似合うなぁと思いました。きっと、ご本人の心根が優しいのでしょう。

 

 

アイデンティティについて、個人的な感想

このドラマは、先ほど述べたように、俳優さんたちの素晴らしい演技に惚れ惚れしながら、面白く観させてもらったのですが、個人的には、アイデンティティについて考える機会にもなりました。

 

 

ドラマでは、アイデンティティが崩壊する過程を追体験しました。それまで、家族の願いを自分の願いだと思いこんでいたソヨンは、王妃になるためにふさわしい振舞いをしてきたわけです。そこで、まず自分自身を抑圧してきてしまっていた、と。そして、いざ王妃になることが決まったものの、父親からは、権力のための道具にされ、キム家からは、女性であるが故に軽視され、王様からは、嫌悪されている状態。ファジンは、嘘をついて、まるで自分が王様を助けた存在かのように振る舞っている。

 

 

このような、自らを抑圧したうえで、自分自身の尊厳が認められず、”ソヨン”として尊重されていない状態(加えて、女性であるゆえに抑圧されている状態)では、自分自身が「死ぬ」のも、当たり前だと思いました。こうやってアイデンティティは、崩壊していくんだ・・・と思いました。

 

 

自らの願いや性格を抑え込もうとすること、他者から軽んじられることという2点がトリガーだと考えました。

 

 

そんな中で、唯一ソヨンと丁寧に向き合ってきたのがビョンインだったわけで・・・最期の姿は、とてもショッキングなものでしたね・・・。ただ、ソヨン(ボンファン)の、「この女の変化に気づかなかったのか?」といった趣旨のセリフは、少しその通りかもしれない、と思いました。そんなに想っていたのであれば、それまでのソヨンと、ボンファンが入ったソヨンとで、明らかに違うな・・・?あれ・・・?と少しでも疑問に思うこともあり得なくはないと思うのです。そう思うと、ビョンインは、王妃になる前日のソヨンを思い続けていたに過ぎなかったのかもしれませんね・・・。

 

 

ソヨンの本来の人格は、ボンファンが入り込んだことによって、引き出され、顕在化したということなのでしょう。ボンファンは、哲宗を変え、朝鮮を変え、さらには、ソヨンを「救い出した」といえそうですね。そう思うと、ボンファンとソヨンは、もともとの性格がかなり近かったんでしょうね。ボンファンが去った後も、ソヨンが生き生きと女官の結婚を認めることなどについて語っているところをみると、ソヨンは、もともと正義感が強くて、変えるべきところは変えるべきだと考えるタイプだったのでしょう。一度ボンファンの意識が現代に戻ったあとからは、ソヨンの潜在意識も強くなってきていましたが、そのときから、ある意味でソヨンの隠された欲求をボンファンの意識で実現するという形になっていたのかもしれませんね。

 

 

ちなみに、ボンファンが去った後、王様が王妃辞典を撫でながら、何か物足りなそうにしているところが少し気になりました。王様は、ソヨンを愛しつつも、ボンファンも愛していたんですかね!?笑

 

 

やはり、自らが軽んじられることで、無力感を強く感じ、いわゆる自己効力感を失ってしまった場合、アイデンティティは拡散しやすいだろうと思いました。また、抑圧された(または、拡散した)アイデンティティを取り戻す方法について、荒治療ではありますが、他人の人格になりきること、というのもアリなのかもしれないなぁ・・・と思いました。

 

 

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というわけで、珍しく韓ドラにハマった話を書いてみました。

昔は、よく韓ドラを観ていたんですけれどもね~・・・。ちなみに昔好きだった韓ドラは、こんな感じです。

『天国の階段』、『宮廷女官チャングムの誓い』、『華麗なる遺産』、『私の期限は49日』、『アクシデントカップル』、『トンイ』、『ジャイアント』、『太陽を抱く月』、『私の残念な彼氏』、『夜警日誌』、『恍惚な隣人』

(高校時代は、チョン・イルさんがとても好きでした・・・)。

 

 

大学で第二外国語を学びだしてから、すっかりその国のドラマや映画にハマってしまい、韓国系のものは、あまり観なくなってしまっていたところでした。それゆえに、若者の韓国ブームに全く乗れず笑。

 

 

それにしても、韓ドラも、久しぶりに観てみると、色々と発見があるものですね!制作サイドの意図を汲みとりながら観たり、韓国人の文化や日常感覚などを考察しながら観たりするのも勉強になるなぁと思いました。そして、最近の若い人たちがなぜ韓国にハマっているのかについても、少しだけ、分かったような気がしました!

キム・ジョンヒョンさんもとっってもカッコイイですし、これからも、韓国に関心を持ち続けてみようと思います。

「水曜どうでしょう」と堂島孝平さん―「水曜どうでしょう」第2弾DVD『サイコロ1/粗大ゴミで家を作ろう/闘痔の旅』の特典映像について―

こんにちは、わんわん電鉄です。

 

 

この記事では、「水曜どうでしょう」第2弾DVD『サイコロ1/粗大ゴミで家を作ろう/闘痔の旅』のうち、堂島孝平さんが出演されている部分に関して、その感想などを書いてみたいと思います。

www.htbshop.htb.co.jp

 

 

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私は、「水曜どうでしょう」、そして鈴井貴之さんのファンなのですが、それと同時に、堂島孝平さんのファンでもあります。

(堂島さんの音楽に関する感想などは、姉妹ブログ『わんわん電鉄』にちょこちょこ書かせてもらっています。)

 

ちなみに、鈴井さんのファンと堂島さんのファン、先にどちらのファンになったかというと、堂島さんのファンになった方が先です笑。

堂島さんの音楽を追いかけ始めて約8ヶ月くらい経った頃に、偶然「水曜どうでしょう」を観て、それからドハマりし、調べていくうちに、堂島さんとの関わりがあると知りました。自分の好きなものが線のように繋がっていく感じが、すごく嬉しくて、大変興奮したことをよく覚えています。

 

 

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DVDのなかで、堂島さんを観ることができるのは、特典映像における「粗大ゴミで家を作ろう」のオリジナル前後枠です。

残念ながら、「堂島孝平お宅訪問」の様子を観ることはできません(樋口了一さんのお宅訪問の様子は、現在も「水曜どうでしょうプレミア-サイコロ3」で観ることができるので、少し期待してしまいました・・・笑)。しかし、ミスターが上大岡駅前(当時、堂島さんのご自宅の最寄り駅であったとされる)でビデオカメラで自撮りしている様子は、観ることができます!(それは嬉しい!)

 

やはり、ミスター・大泉さんと、堂島さんのやりとりを観ることができるのは、両者のファンとして、大変貴重であり、大変嬉しいです!

 

 

以下、ネタバレになりますので、ご注意ください。

 

 

前後枠では、堂島さんがなんともいえない扱いを受けているのがなんともいじらしいです笑。当時20歳(かな?)の堂島さん、本格的なマッシュルームカットで、中世の音楽家のような服装をしていらっしゃいます(個人の感想です)。

 

 

前後枠では、次のようなシーンを観ることができます。

・ミスターと大泉さんが手前で話しているのに対して、遠くでぽつんと立っている堂島さん。

・丘の上?で、ミスターが堂島さんのお宅訪問の感想を話していて、それを聴いている大泉さん。その手前で、にょきにょきと顔を出す堂島さん(めちゃ可愛い!笑)

・ミスターと大泉さんの後ろで、空手?をする堂島さん。

・撮影中のミスターと大泉さんと会話する堂島さん。

 

 

3人で会話しているシーンは、本当に微笑ましくて、最高でした。

あの頃は、皆さんが本当にお若いので、兄であるミスターが、弟の大泉さんに友人の堂島さんを紹介しているようなシーンにも見えました。実際、年齢を考えてみると、当時、鈴井さんが34歳、大泉さんが23歳、堂島さんが20歳ですかね。エモい・・・エモすぎる・・・!

 

堂島さんがいい感じにイジられていて、ただただかわいかったです。

是非、堂島さんファンかつどうでしょうファンの方全員にご覧いただきたいです!

 

 

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というわけで、『サイコロ1/粗大ゴミで家を作ろう/闘痔の旅』の特典映像における、堂島さんについて、少しコメントしてみました。

 

 

実は、堂島さんは、これのみならず、「雅楽戦隊ホワイトストーンズ」「モザイクな夜」にも出演されたことがあるようなのです。

全部見たい・・・!!(というか、そもそもあのお色気番組「モザイクな夜」ですよ!?まだ19、20歳くらいの堂島さんが・・・!!)

そして、「雅楽戦隊ホワイトストーンズ」では、田中邦衛さんのものまねも披露されているようです。これは、DVDなどに収録されているのでしょうか!?

ja.wikipedia.org

 

 

デビューしたての堂島さんと鈴井さんたちの交流を想像するだけで、胸がいっぱいになります。その後も、ラジオ番組やプライベートなどで、堂島さん、鈴井さん、大泉さんは交流があるようで、とてもほっこりしました。

是非、今後も何らかの形でコラボしたり、一般人にも分かるような感じで交流を匂わせたりしていただけると嬉しいです!

鈴井貴之さん『ダメ人間〜溜め息ばかりの青春記』を読んで考えたこと

「ダメ人間」といっても、何がダメでそう呼ばれるのかには色々あるので、「ダメ人間」という言葉は、非常に多義的な言葉であると思う。

 

こんにちは。わんわん電鉄です。

 

 

先日(と言ってもかなり前になりますが)、鈴井貴之さんの『ダメ人間―溜め息ばかりの青春記』を読みました。

www.kinokuniya.co.jp

 

 

この本を読んだ理由は、『水曜どうでしょう』ですっかりミスターに沼った私は、鈴井貴之さんがいかなる人生を送ってきたのかに関心があったからです。

 

 

実は、この『ダメ人間』という言葉について、この本を読むまでは、単に「ミスターのくじ運がトコトンダメ」という意味を有するにすぎないのではないかと思っていました。しかし、いろんな方の本書の感想を拝見すると、「ミスターの若い頃は、予想を遥かに超えたダメ人間だった」というのです。これまで生きてきた中で、かなり色々なものを見てしまっている私は、どんな内容でも驚かないぞ?と思い、早速読んでみることにしました。

 

 

 

結果:そんなに驚かなかった

ネット社会だからなのか、私の人生もダメだからなのか、鈴井さんのダメ人間っぷりには、あまり驚きませんでした。基本的には、当時の鈴井さんは、

①お金とお酒にだらしなくて、

②寂しいがゆえに女性を切らさず、

③自分は周りとは違う、特別な存在だと思い込んでいる、

④にも関わらず、自分に甘いために、大きな成果を残すことができない、

ということだったのでしょう。

 

 

共感・似たものがあったから?

色々なエピソードがありましたが、他の読者の方のように「こりゃあ、トコトンダメだ」と感じられないのは、私が若い頃の彼に自身を重ね合わせてしまうところがあるからかもしれません。

 

 

例えば、私も、小さい頃から、"人と違う"(人と違うアイデア、人と違うやり方、人と違う意見など)という点に自身のアイデンティティを見出していました。もっとも、彼は、そのことが自らを優れた存在たらしめる基盤となっていると思っていたようですが、私は、自分の居場所を見つけたかっただけでした(みんなと一緒、の中に埋もれて居場所がなく、息苦しかったのです)。

 

 

また、鈴井さんは、浪人時代に「明日やればいい、なんとかなる」と思い込んでいたとありましたが、これも、私が大学受験期にそのまんま思っていたことでした。そして、そのとおり、勉学に奇跡なんて起きやしません(笑)。私も志望校に合格できず、行きたくもない(けど浪人したくもないので仕方なく)滑り止めで合格した大学に進学しました。

 

 

ま、そもそも、私は、鈴井さんのように異性にモテるわけでもなければ、広い人脈をもっているわけでもないので、「コレコレが同じだ!ワカるわ!」とこのように語るなんて烏滸がましいわけですが。。

 

とはいえ、自分がこれまで生きてきて感じた感情と共通するものが書かれていたので、非常に共感しながら、興味深く拝読しました。

 

 

私の「ダメ」の尺度?

ひねくれ者の私は、もはや若い頃の鈴木さんは、そこまで「ダメ人間」ともいえないのでは?とすら思ってしまいました(もし、私が若き鈴井さんに直接関わっていたら、そうは言えなかったかもしれませんが・・・笑)。

 

 

たしかに、根拠のない自信をもちながらも、楽な方に流されて努力を積み重ねることができなかった、眼の前の問題に向き合うことなく逃げてばかりだったという点をとれば、ダメ人間なのでしょうし、一般的な「ダメ」の尺度もその辺りにあるのでしょう。

 

 

しかし、私にとってのダメ尺度には、ひっかかりません。なぜなら、私の思う「ダメ人間」とは、自分が優位に立つため、目障りな人間を消したいなどの理由から、他人を貶める人間であり、若き鈴井さんは、それに該当しないようだからです。『ダメ人間』のなかには、そのようなエピソードが書かれていませんでした。実際にどうだったのかは分かりませんが、私個人の予想としては、そのようなことはなかったのではないかと思います。というのも、若き鈴井さんは、とにかく自己嫌悪に陥っていたこと、また、自分がどうしたいかということで頭がいっぱいだったようにお見受けするからです。他人のステータスや、思想、言動を揚げ足取り的に指摘し、楽しむという悪趣味な行為をする余力があるようには、思えませんでした。

 

 

また、自己嫌悪に陥るということは、まだまだ自分はこんなんじゃないという気持ちがあるがゆえのことだと思うので、やはりそんなに「ダメ人間」とも思えません(行動になかなか移せないところがダメ、とも言えるのでしょうが、人間誰しもそんなもんです)。本当のダメ人間ならば、現状の自分を全力で肯定し、自己嫌悪とは無縁で、自分を否定する(と勝手に思ってる)存在や環境を徹底的に排除しようとするものではないでしょうか。

 

 

したがって、若き鈴井さんは、一般にダメ人間なのでしょうが、それでも、救いようのあるダメ人間だったのだと思います。思いやりや優しさなどは、まだまだあまり持てていなかったのかもしれないけれども、広い社会の中のいち人間として、大事なものを失っていない、と周りの方々も、思ったのかなぁと思います。だからこそ、人との繋がりが広がって、仕事が取れるようになっていったのではないでしょうか。

 

 

全体的な感想

というわけで、この『ダメ人間』を読んでみて、非常に勉強になりました。まず、ミスターの若い頃のことがよくわかりましたし(本当に赤裸々に書いてある)、自己嫌悪の感情が果たしうる肯定的な役割とはなにか?、自分の思う「ダメ人間」とは何なのか?などを考えるきっかけになりました。

 

さらに、現在CREATIVE OFFICE CUEの社長である伊藤さんは、素晴らしい方だと思いました。自分の身を削って、恋人たる鈴井さんを良い方向へ導こうとする姿は、なかなか真似できることではないと考えます。心から尊敬します。そして、率直に、私も彼女のような方に出逢いたいし、導いてもらいたいと思いました。

 

 

愛すべきダメ人間、ミスター!って感じですね。

 

 

余談ですが、私も、ミスターと同世代だったとしたら、若きミスターに振り回されてみたかったなぁとふと思ったりはします(ま、そもそも見向きもされないと思います笑)。

鈴井貴之さん『RE-START〜犬と森の中で生活して得た幸せ』刊行記念サイン会(東京)の想い出

2023年10月20日、鈴井貴之さんのサイン会に行ってきました!!

 

 

私にとって人生初の対面サイン会であり、人生初の鈴井さんイベントということで、非常に緊張しました…。

東京に来てくださったことが本当に嬉しかったです。

 

 

事前サイン入りとのことでしたが、実際は、目の前ですらすらすら〜っと書いてくださいました。綺麗なサインだなあと惚れ惚れとしてしまいました。

(サイン会に慣れていなさすぎて、ついついサインを書いていらっしゃるときにも声高に話しかけてしまいました💦すみません・・・。)

 

 

鈴井さん、本当にかっこよかったです、、。

といっても、緊張してたのか興奮してたのか、あんまり鈴井さんのお姿の記憶がないんです(泣)。待機列から眺めた姿と、鈴井さんに謁見し、お話させていただいたときの私の中の「感情」しか記憶になく……瞳がカメラだったら良かったのになあと思ったくらいです。目に焼き付けるって難しいですね。

 

 

でも!生で拝聴したお声は脳裏に焼き付いています笑

(ちなみに、鈴井さんの声が好きだなぁ~という思いが、ファンになるきっかけでした。)

 

 

握手までさせていただけて、本当に貴重な瞬間でした。ふわっとした大きな手で、感動しました。

 

 

幸せな時間というのは本当に一瞬ですから、会が終わってみると、「アレ?あれは夢だったのでは?」と、確かにあった過去の存否を疑いたくなってしまいます笑 

記憶と経験が自分の感覚の中に溶けていくような感じがします。

 

鈴井さん、東京で素敵なサイン会を開催していただき、ありがとうございました!!!

 

 

 

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私は、実はこのような「推し活」は、本当に久しぶりで、10年ぶりくらいかな?という感じです。

10年くらい前は、とある4人組バンドを推していて、今思えば"痛ファン"だったなと思います笑 しかも、バンド推しだったので、このような「接近戦イベント」に参加したことなどありません。それゆえ、今回の鈴井さんのサイン会が本当に人生初の「接近戦イベント」でした。

 

 

今は「推し活」が世の中に定着しているからか、ネットをみれば「接近戦イベント」を楽しむコツやマナーなどが書いてありますね。それらをよく読んで、よく勉強しました笑

 

 

唯一勉強したのに実践しなかったことといえば、十分な睡眠をとることでしょうか。実はサイン会付近の私は、とある締切に追われていたことから、10月20日前の一週間はほぼ徹夜状態で過ごしていました。それゆえ、サイン会当日は、無眠(むみん!)です。

 

 

しかも、なんとかファンレターなるお手紙もお渡ししたい!と欲張ってしまったため、徹夜状態にさらに拍車をかけることに・・・笑。当時学生だった私は、自分の研究室の机に張り付いて、出発時間ギリギリまで鈴井さんへのお手紙を一生懸命書いていました笑。読んでくださっていると嬉しいなぁ、という気持ちです。

 

 

そんなこんなで色々ありましたが、鈴井さんにお会いできて疲れも吹っ飛びました!!

 

 

落ち着いていて、穏やかな雰囲気のサイン会でした。

HMV&BOOKS渋谷には初めて行ったのですが、ゆったりした感じでいいですね。

 

 

超絶新規ファンとして肩身が狭いだろうなぁ…と勝手に予想していたのですが、特にそんなことを感じるような雰囲気ではなく、周りの方が身につけていらっしゃるonちゃんのグッズを拝見してほっこりできるような雰囲気でした。ありがたかったです(昔参加していた某バンドの「推し活」では、ファン同士の小競り合いとか、新規か古参かという争いが凄かったんです苦笑)。

 

 

ちなみに、今回のサイン会の私の反省点は、2つです。第一に、サインしてくださっているときに話しかけてしまったこと(気が散りますよね・・・)、第二に、声高でくねくねして話しかけてしまったため、完全に私がきもかったことです笑。

 

 

第二の点は、鈴井さんを前にして、緊張MAXな私が、ついやってしまったんですよね。もともと、テンションが高くなると、声が宇宙人並みに高くなって、謎に体をへにょへにょとくねらせるくせがあるのですが(よく他人にまねされるポイントです・・・)、それを「推し」の前でやってしまいました。今思えば、付近にいらっしゃったスタッフさんもドン引きなのでは・・・!?完全に、物理的にキモいファンですね。

もし次にこのような機会を頂けるとしたら、落ち着いて、参加させていただくよう心がけます笑 

 

 

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『RE-START』の内容の感想は、また別の記事にまとめることにさせていただくこととして。

 

 

実は、私は、ネイマールくんたちが好きなんです。表紙から、ネイマールくんの可愛さが溢れていましたね、、蝶ネクタイ最高です。

ネイマールくんは、喋りが上手で、ちょっとお父さんに似た感じで喋るところが好きです。ぜひいつかネイマールくんと話してみたいです(これは本当の気持ち)。

 

 

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たまたま私も"RE-START"な心境にあったものですから、その時期に鈴井さんにお目にかかれて本当に嬉しかったです。

8年間、ずっと自分の方向性を見失い続けてきて、ふらふらと自分がわからないまま生きてきた私でした。しかし、運命的に(笑)『水曜どうでしょう』、そして、鈴井さんに出会えて、嘘みたいに、魔法みたいに、ふっと過去の自分との連続性といいますか、新しい形で自分を取り戻すことができたんです。その時期に、良いタイミングで鈴井さんのサイン会が開催されて、運良く参加させていただけることになって、本当に嬉しかったです。

 

今も、鈴井さんがサインを入れてくださったご著書は、もちろん!丁寧に保管しています。気持ちが弱くなったとき、自分をまた見失いそうになったときに、手に取って、サインを眺めたり、中身を読んだりして、また気持ちをリセットしています。

 

 

このサイン会とサイン本は、自分の人生を取り戻して、リスタートできた私にとっての「ゼロキロポスト」です!

 

 

本当にすてきな機会を頂き、ありがとうございました!

これからも鈴井さんを応援します♪

私の人生のキーマン、鈴井貴之さん

私の“キーマン”です、インキーマンなんてことはありません。

こんにちは、わんわん電鉄です。

 

音楽ブログ「わんわん電鉄」の姉妹ブログである本ブログ「わん鉄沿線」を立ち上げたのは、もう半年以上前のことだそうで・・・。本チャンの記事の1本目は、このことを書こう!と決め込んでいたうえに、きちんと自分のことを整理する必要があったため、なかなか記事を書けずにいました。

ようやく自分のことが整理できたと思えたので、記事にしてみたいと思います。

 

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 私の人生のキーマンは、鈴井貴之さんだと思っています。

 

正直、鈴井さんに出会えなかったら、「自分」を取り戻せなかったかもしれないな・・・とも思っています。そのように思う理由や、鈴井さんと出会って、自分に起きた変化などをこれから書いてみたいと思います。

 

1.「水曜どうでしょう」、そして鈴井貴之さんとの出会い

まずは、私が「水曜どうでしょう」に出会った経緯を簡単に。

私の母が、『今日の夜、「水曜どうでしょう」って番組で、ドイツやるみたいよ?観てみたら?」と私に声をかけたのがきっかけです。私の母は、番組表をくまなく見ていたところ、私が大学で研究対象としていたドイツに関する番組を見つけ、私が興味があるだろうと思い、そのように声をかけたようです。

 

 

昔から「水曜どうでしょう」の存在だけは知っていたので、『ついに観てみるか・・・!』という気持ちで観てみました。初めて観たのは、「ヨーロッパ21か国完全制覇」の第4夜であり、企画の途中からではありましたが、なんだかふっと笑えて面白く、気づいたら、毎週観てしまっていました。そして、毎週観ていくうちに、さらに他の企画も観てみたい!と思うようになり、NETFLIXで色々な企画も観るようになりました。番組にハマるまでがとにかく早かったのを記憶しています。

 

 

そして、『このかっこよくて面白いミスターとは誰?』と思ったのが、鈴井さんにハマるきっかけでした。本当に最初のきっかけは、声の良さだったかと記憶していますが、「ヨーロッパリベンジ」で色気ムンムンかつ前後枠ではっちゃけるミスターを観ているうちに、『ミスターと呼ばれる男性、かっこいいし、面白くて、めちゃくちゃ好きだ・・・』と思うようになったのです。

そこで、色々と調べたり、ご自身のエッセーである『ダメ人間』も拝読したりしました。そして、ミスターの半生や、「水曜どうでしょう」への向き合い方の変化などが分かり、“ただのイケメン”ではないことが明らかになってきました。

 

このようにして、鈴井さんにハマり始めた頃、私自身にもかなり大きな心境の変化が訪れたのです。

 

 

2.私の失われた8年間

「水曜どうでしょう」、そして鈴井さんにハマり始めた頃というのは、私にとって、人生のどん底にいるような時期でした。当時、私は、大学院生だったのですが、劣悪な人間関係、すなわち、指導教員からの日常的なハラスメントや、他の学部生からの誹謗中傷、他方で、学位論文提出へのプレッシャーや、プライベートでの失恋経験などが重なり、精神的に疲弊していました。もっとも、このように精神的に疲弊した状況というのは、今に始まったことではなく、高校入学時、つまり8年前からずっと続いていたもので、そのなかでもとりわけどん底であった、というわけでした。

 

 

8年前になにがあったのか、というと、簡単にいえば、高校でのいじめです。教員と生徒が一体となって、私をいじめてきていることがよく分かり、あっという間に精神的に病んだ状態となりました。それ以来ずっと、自分が大切にしてきたことや大好きなことがわからなくなっていました。また、自分らしさ(アイデンティティ)が本当に分からなくなり、これまで15年間生きてきた自分と、今を生きている自分が乖離したような状態で苦しかったです。もしかしたら、いじめが原因の“アイデンティティの拡散”といえるかもしれません。

 

 

 そんな状態で8年間を過ごしてきたわけですが、去年の夏に「水曜どうでしょう」、そして鈴井さんに出会って、ウソみたいに、急に霧が晴れたように、心がふわっっと軽くなったんです。本当にウソみたいな話なんですが、本当です。

 

なぜ鈴井さんのおかげで急に元気になれたのか、自分なりに(こじつけかもしれませんが)その理由を考えてみました。

第一に、番組が面白くて、笑いすぎたからかもしれません。私はもともと笑い上戸ということもあり、どうでしょうは本当に面白くて、咳き込んで苦しくなるほどに笑ってしまいます。第二に、鈴井さんが私のタイプすぎたからかもしれません。もともと眉毛しっかりめ、目がぱっちりで、少し出っ歯気味の口が大きい男性がタイプです。鈴井さんは、とてつもなくかっこいい・・・好き!第三に、鈴井さんも大泉さんも、立てた企画を一生懸命実行しようとする姿に励まされたからかもしれません。第四に、番組の手作り感が心を温めてくれたからかもしれません。・・・・・・というふうに、考えれば色々と理由が思いつくのですが、個人的に一番大きく影響しているのではないかと思われる理由がこれです。

 

鈴井さんのお仕事が、私の心の奥底に葬られていたものに響いたから

 

 

3.鈴井貴之さんに出会って気づいたこと

(1)自分のアイデンティティとは?

鈴井さんは、「水曜どうでしょう」の企画構成をしつつ、出演もされています。このように、企画構成兼出演をこなしてしまうタレントさんって、あんまり多くないのではないかと思います。マルチタレント、という言葉は、よく聞きますが、それは、大体「歌手・文筆家・俳優」といった感じのもので、アーティストとして活躍するフィールドが複数あるという方がほとんどかと思います。

 

 

鈴井さんは、ある意味裏方の仕事でもある企画構成もやり、表舞台に立つ出演というポジションをこなされています。このような、自分で舞台を設定して、自分も演じる、という、両方やります!というスタイルに非常に共感したんです。

(それと、『ダメ人間』に書いてあったかと記憶していますが、鈴井さんが中学時代に副会長として色々と学内で企画するなどして楽しかった、振り返っていた記述にも共感しました。)

 

 

これは、私のアイデンティティが崩壊するまでの15年間の経験で身についた価値観やスタイルに共通するものでした。すなわち、(自分語りかつレベルの低い話で恐縮ですが)私は、小中時代から児童会や生徒会、クラブの部長など、人前に立つポジションを務めてきていました。しかし、人前に立って、指示を出すこと、人の上にたつことが好き、というわけではありません。むしろ、裁量権をもって、自分で企画やイベントを提案し、構成しながら、自分自身もチームのメンバーの一員として活動したり、裏方として活動したりすることが好きなのです。

 

 

高校でのいじめがきっかけで、私にとって、主体的に行動すること=悪=いじめの原因、という思考枠組みが染みついてしまい、私自身がこのような性格であるということをすっかり忘れてしまいました。それゆえに、その後の8年間は、引っ込み思案で、自分の意見も言えないような性格になってしまいました。この8年間という時間を今の私が振り返ってみると、別の人間の人生であるような気すらしてしまいます。

 

このようにして、鈴井さんとの出会いがきっかけで、私にとって本当に大切にしてきた価値観はなにか?ほんとうにやりたいことはなにか?私のアイデンティティとはなにか?を8年ぶりに取り戻すことができました。鈴井さんに本当に感謝です。

 

 

(2)やりたいことをやる勇気?

私は、前述の通り、高校時代をきっかけにすっかり引っ込み思案になるとともに、周りの目を気にしすぎるようになりました。高校入学当初こそ、私はこれまでどおり、自分のやりたいことをやろう!というフレッシュな気持ちで、いろいろなことに挑戦してきました。しかし、挑戦するたびに、陰湿な嫌がらせや周囲からの異常なまでの否定にあうようになり、次第に自信を失っていきました。

(ちなみに、今では笑えるようになったエピソードですが、私が高校1年で生徒会選挙に立候補した際に、私の選挙ポスターだけ剥がされ、近場の泥水の水たまりに捨てられていたことがあります。その後、選管によって引き揚げられ、シミ付きの状態で一人外れた場所(汚いから)に画鋲一つで適当に貼り付けられていました)。

 

 

「水曜どうでしょう」は、私に挑戦する勇気を蘇らせてくれる番組でした。個人的に魅力的に感じたのは、地方ローカル局かつ深夜番組という、全国的に有名になるためには決して有利ではない状況だからこそ、メインストリームから一歩引いて、ある種の密やかさをもって自由(すぎる)にやる、という手法です。当時番組に携わっていた方からすれば、仕方なくこの手法をとらざるを得なかったのかもしれませんが、この手法は、本当に素晴らしいと思います。なぜなら、この番組にしかないオリジナリティが出るからです。メインストリームで競っていこうとすると、どうしても自身の付加価値を見失いがちだと思います。だからこそ、少し引いたところで、自由にやる、オリジナルにやる、ということは、大切なのではないでしょうか。

 

 

私も「大海に飛び込んで、周りに合わせたり、もまれたりする必要なんて無くて、誰もいないところで競わず自分らしく自由にやる方があっているんじゃないか?そうすれば、周りの目を気にしたり、否定されることを恐れたりすることなく、やりたいことをやる勇気が湧くのでは?」と思うようになりました。この気づきのおかげで、学位論文は、自分なりに自由に、そして結果的には、オリジナルなものを書くことができたと自負しています。ちなみに、口頭試問で、私の専攻分野と重複する分野を研究する副査から「独創性がすごい」と褒めていただいたことが私の自慢です。

 

 

また、生きること自体も、以前よりもかなりラクになりました。人に評価されようと思うと、評価基準のある、母数の多い環境に飛び込む必要があるようです。しかし、私の場合、評価されようと思ってそのように行動するよりも、一般的な尺度や評価基準から少し距離をとって、自分の付加価値を信じて自由にやる方が向いているかな、と思うようになりました。

 

4. まとめ

私はもうすっかり、鈴井貴之さんファンです。そして、鈴井さんは、私の人生のキーマンです。

 

そんな気づきを得た頃に、ちょうどタイミング良く鈴井さんのご著書が出版になり、東京でもサイン会が行われました。運良くチケットを購入でき、私も参加させていただいたのですが、本当にキラッキラしていました。その際は、30秒くらいしか(しか、といっても、30秒も!という感じでもありますが!)お話しできなかったのですが、もしいつか、5分くらいお話しできる機会があれば、このことを是非直接お伝えしたいなぁと思いました。北海道にいきた~い!

 

 

せっかく取り戻したアイデンティティを再び失うことのないように、「いつも心にミスターを!」という感じで、生きていこうと思いました。

(鈴井さんのダメ人間的な側面については、織り込み済みです笑。なぜなら、『ダメ人間』で丁寧に描かれていたダメ人間エピソードや心理は、私に重なりすぎているからです・・・。私も、明日から本気出せばいいや、奇跡が起こってなんとかなる、とか思って余裕ぶっこいて大学受験に失敗した身です苦笑。)